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日報2023-09-13

September 13, 2023

8/30に北海道から帰ってきて、ちょうど1週間がたち休みボケから脱してきていたところに、祖母の訃報があった。今はもうすべてをすませ、福岡に戻ってきたところだ。バタバタであった。

佐賀に叔父が住んでいるとのことで迎えにいってやれとの令。本当に子供の頃以来あっていないんじゃないか。 車を借りて佐賀は唐津まで飛ばす。所要時間は1時間ほど。福岡に住んでいれば車は必要でないが、車があることで行動範囲がぐっと広がるのが九州だ。北海道でたくさん車に乗ったから運転は慣れたものだ。と思っていたが、やはり北海道の道は交通量も少なく走りやすいのだった。

一週間前に訪れ、また近いうちに来たいなと思っていた札幌だがまさかここまで早く再訪することになるとは夢にも思っていなかった。奇妙なことだ。一週間前は暑かったが、9月ともなるとすこし秋の気配を感じることができる。

久しぶりに親戚に会う。絶対に嫌だと思っていたが、意外にもすんなりコミュニケーションを取ることができるようになっていた。大人になったものだと感じる。大学職員という肩書を得たことも大きいのかもしれない。何をやっているかはともかくとして、とりあえずラベルを見せることによってスムーズに事が進む局面は少なくない。

老人はそのうち死ぬことが期待されている。Not Expectedでないという意味で。中学の頃祖父の葬儀に参加して以来、葬式に出るという経験がない。しかしながらそのうちその時が来るだろう、と思っていた。祖母の具合が良くなかったことも聞いていたから、別段意外ではなかった。

葬儀というのは手続きであり、プロセスだ。肉体的に死んだあと、適切な手順を踏むことによって遺族それぞれの中の故人という存在に精神的な死をあたえる。制度的には書類の提出が死と同義である。 現代の火葬場は死をめぐるプロセスを効率よく回していく施設であるが、その設備のディティールやスタッフの仕草ひとつひとつに適切さみたいなものを感じた。

葬儀は月曜の昼過ぎには終わり、夜まで自由な時間を得た。ヘトヘトではあったが、ホテルで家族といても落ち着けないので自転車を借りて喫茶店へ行った。夜は親戚でご飯の予定であったが、人付き合いポイントを使い果たしたわたしは疲労を主張し欠席させてもらうことにした。まあ、上々だろう。

次の日飛行機に乗って帰る。ホテルの朝食バイキングはいつぶりだろうか。ドリンクバーにソフトカツゲン(北海道で売られているピルクル的な乳酸菌飲料)があり、ほう と思った。帰ってくるとさっきまでの秋が嘘だったみたいな暑さになっていた。


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